先日長崎市諏訪町近くに住むお知り合いの方から
久しぶりの電話がかかってきた
毎日中町商店街を通勤のため行き帰り通るが
アトム失踪以来ユーザー宅の玄関のシャッターが下りたままで
時に半分あいていてもその入口の前には幾つか植木鉢が置いてあり
人の訪問を拒絶しているみたいで心配ですと連絡があった
私たちが2度現地を訪問し朝昼夕と商店街を歩いて聞き取りした際も
同じ状態だった
周りの住民に聞いたところ時々人の介助で出かけたり散歩する姿も見かけると
聞いて少しは安心したが
しかし明るい昼間からぴたりと閉められたシャッターを見ると胸が痛くなる
人は誰でもそれぞれの人生の中で
獲得したもの、喪失したものがある
私もこの年になるまでの間には
獲得し無くしてきたものが数々ある
私の人生で20代30代は順調に年を重ね
喪失したものはあったが若いエネルギーで乗り越え
人生の半ば40代半ばで大病を患い体の一部を失った
ショックは大きかったし辛い悲しみを味わった
まだ成長期の子供達がいたために頑張って乗り越えられたが
しかしその後の私の人生観を大きく変えた
無事に再発も無く50才で、福祉の世界で社会復帰し
その仕事に携わる中で、人生最後の仕事をケアマネージャーだと決めて
先ず通学のために自動車の免許を獲得した
50代後半、社会人学生として20代の学生達と福祉専攻科で学び
卒業後目指す介護支援専門委員の資格を獲得した
ケアマネージャーとして新しい就職先も決まりサァと言う時
思いがけなく2度目にして、場所は違うが同じ大病と戦うことになってしまった
またも体の一部を失い、とうとう障害を持つ身になり
しっかり治療して元気になるまで待ってくださると言う
就職先へ長期になる治療でご迷惑をおかけするわけにもいかず
泣く泣くあきらめてお断りした
目的を果たす一歩手前で夢を失い
人生の後半で失った喪失感はたとえようもなく
強い怒りと、深い悲しみが私を打ちのめした
心の中は涙でいっぱい、でも一粒の涙もこぼれないほど深い苦しみを味わった
人それぞれ持ってしまった障害の大きさや大変さを
くらべることなど出来ないが
しかし人生の後半で失なったものの喪失感は相当にダメージが大きい
もしも私が失った物が視力であったならどうだろうか
想像してみただけでも、私は今どんな生き方をしていただろうか
カーラとの楽しい生活も出来なかったはず
アトムの元ユーザーは60才後半で視力を失い
それまで仕事や趣味等獲得してきたものを失い
見えない世界で自分の生活を営むだけでも大変だっただろう
憂一の楽しみだったアトムとの散歩もできなくなり
閉じこもりがちにになってしまってはいないか
ある方が何度か電話をしたが何時も留守電になっていて
出てこられないと聞いた
あの後彼を襲った誹謗中傷でどんなにか傷ついたことだろうか
プライドが高く強気に見えても人の悲しみ傷ついた心は
当事者でないとわからない
それは私自身が身をもって体験している
盲導犬アトム号もそうだ
アトムは産まれてくるときから盲導犬として優れた素質を神様から与えられて
いろんな人の愛のバトンタッチで育てられ訓練士の思いを受け止めて
盲導犬としてその使命を全うするべくユーザーとの信頼を築いていく途中であった
そして毎日お父さんを安全に誘導し散歩していたアトム号
協会の説明会で見たユーザーと歩くアトムの姿を今も鮮明に思い出す
多くの犬達がそうであるように人によってで改良されてきた犬達
しかし本来持っている優れた本能的な能力と
人もかなわないほどの崇高な精神はその瞳を見ればよくわかる
透き通った目の光は人間への信頼をしめし慈愛に満ちている
アトムは今盲導犬としての使命を人の思惑で奪われ
その誇りも失いどこかで家庭犬として生きているとしたら
本当にそれがアトムにとって幸せなのか
せめて盲導犬リタイヤ犬としてその誇りを取り戻してやりたい
そして元ユーザー宅のシャッターが一日も早く開くことを願っている